<前編>自分の健康は自分で守る時代。「予防」こそ、安心の第一歩

今回は、大阪府大阪市「大阪がん循環器病予防センター」所長の伊藤壽記(としのり)先生にお話を伺いました。

2005年から大阪大学大学院「統合医療学寄附講座」にて講座開設時から教授として就任され、2017年4月より、大阪がん循環器病予防センター所長に就任されました。主に精度の高い検診とがんをはじめとする生活習慣病の予防や啓発活動を支援されていらっしゃいます。

伊藤先生は、1型糖尿病に対する膵臓(膵島)移植ならびに膵疾患(特に膵癌)に対する外科治療がかねてよりの専門分野でいらっしゃり、統合医療学寄附講座にご在籍中は「統合医療」に関わる臨床試験を重ねてこられました。近代西洋医学の利点と伝統医学や相補・代替医療の利点をあわせた医療を行うのが「統合医療」です。「統合医療」は21世紀の医療として、国内のみならず世界中で注目されています。

今、まさに到来している超高齢社会に対して医療を受ける立場にいる私たちが心得ておきたい「医療との向き合い方」を2週に分けてお届けします。

 

-伊藤先生、本日はよろしくお願いいたします。ここ数年で「統合医療」について知っている患者さんは増えたと感じられますか?

少しずつ変わってきているようですね。病気になった時に今までは病院で治療を受けるだけでしたが、それ以外の選択肢を試してみようと思う方は増えているようです。

たとえば、鍼灸などの療法やAHCCⓇなどのサプリメントも選択肢の一つですね。以前は無かったことですが、「こういう治療を受けているけど、さらにQOL(生活の質)を上げるにはどうしたらいいか?」といったご相談も増えています。

インターネットが普及したことで情報を取得しやすくなったこともあるのでしょうが、どういった情報が本当に信頼できるのかが一般の人々にとって頭を悩ませるところかと思います。

その中でも、情報を積極的に自ら選別する人も増えてきました。そのきっかけのひとつには、東日本大震災があると考えています。「自分の健康は自分で守ろう」というセルフケアの意識が芽生えてきたのです。

 

私は、自分の健康は自分で管理して、元気な時はできるだけ人の手を借りずに生活できるのが一番だと思います。それができなくなった時に身内や介護施設など他人の力も借りるといいのではないでしょうか。

病状によっては大学病院や総合病院で診てもらうが、できるだけ地域(コミュニティ)で面倒をみてもらうといった“地域包括ケア”という考えのもとに、国も医療政策を転換しようとしています。

このような医療システムが徹底化され、お手本ともいえる国があります。プライマリーケア(初期治療)の最先端国、キューバです。

 

-とても興味深いです。キューバがプライマリーケアの最先端国となったのはなぜでしょうか?

キューバは社会主義の国ですが、1991年のソ連崩壊で、ソ連からのサポートがなくなりました。それまではソ連から先端機器や技術も入っていましたが、自分の国で医療システムを確立しなければならなくなったのです。

今後どのような医療を目指していくべきか考えるため、世界に医師を派遣して調査に行かせました。その結果、日本も含め欧米のように薬を必要以上に出すといった無駄な医療行為を避け、自国にある伝統的な医療に目を向けようという結論を出しました。

これを踏まえて、「過剰な医療行為」ではなく、「予防に徹しなくてはいけない」と基本方針を決めました。その方針を徹底的に守った結果、キューバのプライマリーケアは世界のトップになったのです。

キューバの人口は1,000万人、日本の10分の1ほどです。裕福な国ではないものの平均寿命が78歳と高く、乳児死亡率1千人に対して4.70人で、アメリカの6.17人よりも低いことがわかりました。

 

-キューバの医療システムは非常に優れているのですね。具体的には、どのようなシステムなのでしょうか。

キューバの医療システムはピラミッド型の医療構造になっています。一番下は、「コンスルトリオ」というユニット・コミュニティで、ドクター1人と看護師1人で500人くらいの住人を担当しています。いわゆる「かかりつけ医」ですね。

「コンスルトリオ」の先生は、常に約500人全員の健康状態を把握しています。

住民は何かあったらまずコンスルトリオに行って相談します。ドクターは西洋医学と自然伝統医療を学んでおり、鍼灸、ハーブ、太極拳、オゾン療法などありとあらゆる手段を用いて、できるだけコストのかからない方法で治療するのです。ほとんどのケースはこの段階で処理されます。ちょっとした傷の処置もここで治療されます。しかし、レントゲンはないし、手術もできません。

このコンスルトリオの上の階には、レントゲン装置などちょっとした医療機器のある「ポリクリニコ」があります。住民はドクターの許可なく勝手に上の階の医療施設には行けないようになっています。ポリクリニコでは、ワクチンの接種、レントゲン撮影、難しくない手術も出来ます。それより重症であれば、さらに上の階である日本でいう市民病院や大学病院へ行くようになっているのです。

 

-病状によって行く病院が変わる仕組みになっているのですね。軽い風邪にかかったなど少しでも気になることがあったら、まずはコンスルトリオのドクターのところへ行けばいい、というのは安心ですね。

コンスルトリオのドクターとナースは500人の住民全員の健康状態以外のことも理解しており、「あそこの家には子どもが何人いる」など、家族構成や生活スタイルもある程度把握しています。さらに、ドクターとナースはいざというときは災害にも対応できるように常に教育と訓練を受けています。

たとえば、アメリカ南部に来るハリケーンは直前に必ずキューバを通って行きます。そうしたときも、建物が崩壊したときに「あそこには高齢のおばちゃんがいる」など、常に情報の共有がなされているので、いざ災害が起きても何をすべきか見えるのです。

日本には台風が来ますが、地震もあります。災害が起こっても「あそこに誰が住んでいるのか誰も知らない」ということが多いので、これからは日本でも地域包括ケアの枠組みの中で、災害など有事の時にそれらの対策が必要です。

コンスルトリオのように関係者が相互に連携の取れたコミュニティをつくり、来るべき大規模災害に備えるべきだと思いますね。

 

また、医療費を試算してみると日本やアメリカの医療システムとは異なるので一概には比較できませんが、キューバの一人あたりの医療費はアメリカの500分の1です。

キューバは社会主義の国ですから住民は医療費を払う必要がありません。行く病院も順列があるので統率が取れています。それはある意味、社会主義のいいところなのかもしれません。

もし、日本でそのような仕組みにするとしたら大きな急性期病院で手術や治療を受けたら、すぐに地域の亜急性期(※急性期を過ぎた時期)や回復期の病院へ患者さんを移すという流れになるでしょう。なんでもかんでも大きな病院でやると急性期病院は十分に機能しなくなり、治療も病院ごとに機能を分化させていかないと医療費はパンクすると思います。

高齢者が右肩上がりで増えているなか、2025年問題を踏まえ国も「地域包括ケア」の必要性を投げかけていますが、今は国が制度を整えていくというよりは各自治体に主体性を持たせ、自治体は、“自分たちでやる”と決めてやるしかない状態です。

人口10,000人ほどの鳥取県南部町は町長さんに先見の目があり、随分以前からすでにこのような施策を考えて、いろいろな取り組みをしてきました。

今までは、ヨーロッパの先進国へ行って医療システムを学ぶことができましたが、日本が抱えている大きな医療の課題、「超高齢社会をいかに生き抜くか?」は、世界のどこを探してもお手本がありません。日本がリーダーシップをとって、世界にその見本を示さなければならない時代に来ています。

 

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伊藤先生のお話は後編に続きます!

後編では「健康のためのお金のかけ方とは?」、そして検診の受け方についてもお届けします。

次回もお楽しみに。

 

伊藤 壽記(いとう としのり)先生

大阪がん循環器病予防センター 所長

大阪がん循環器病予防センターは、皆様の健康を守るために、精度の高い「検

診」とがん・循環器病・生活習慣病の「予防や啓発活動」を展開しています。

大阪がん循環器病予防センター

大阪市城東区森之宮1丁目6番107号

公式ホームページ

http://www.osaka-ganjun.jp/